「ししょー、ししょー! まったく何回呼ばせれば気が済むんですかいい加減出てきてくださ・・・ってまたですか。」



決して広くは無い書物庫のような部屋の主の姿は無い。 乱雑に積まれた羊皮紙の一番上に走り書きで一言『出る』とだけ記されているのを見つけて溜息がもれた。 いつもこうなのだ。 しかも来客があるときに限って必ずといっていいほど姿をくらますのだ、嫌がらせとしか思えない。 短くて三十分、長くて半年、いや七ヶ月と八日。 時間の尺の感覚が希薄すぎる。



仕方なく応接間へ戻り主の留守を伝えると常連のその客は破顔した。



「いえ、構いませんよ。 連絡していた量よりも急遽多めに薬剤が必要になったのでお願いに来ただけですので伝言してもらえますか?」



「量はどれほどでしょうか?」



「解毒が四十に熱冷ましが二十五、それから喉に効く飴を二瓶。」



「それでしたら余裕がありますので今用意できますよ。」



人の良さそうな客は顔を綻ばせて是非にと頷いた。 月に一度程度の割合で訪れるこの男は治療院を営んでいるらしい。 上では見てもらえない患者をタダ同然で診ているので儲けが無いんですがね、と頭をかいていたがその目は穏やかだった。



いくつもある鍵の束から倉庫のものを選び錠前に差し込む。 鍵を開けられるのは師匠と私だけ、他の者が使おうとすればたちまち鍵の束はただの鉄の棒の束となる。 得意げに師匠はそう話していたが未だかつて他の者が鍵を使用したことがないので真実かは謎だ。



倉庫の中はひんやりと肌寒い。 目当ての薬剤を手早く取り集め数を確認しながら足早に彼の待つ部屋へと戻った。



「お待たせしました。」



「ありがとうございます。 最近は毒にあたるこどもが多くて・・・ええと、おいくらでしょう?」



「三十ベリーになります。」



額を聞いて男は目を丸くした。



「そんな大金はとても・・・前連絡したときは五ベリーでとのお話だったはずですが・・・」



次第に青くなる男の顔を冷ややかな目で見つめた。



「在庫があったのでお渡ししましたが予約のない分は通常の値段になります。 したがって追加分は二十五ベリー、もとの金額と合わせて三十ベリー。」



そこまで淡々と述べて一呼吸おいた。



「と、師匠がここにおられたならばそう言われるでしょう。 ですが今は何処へ行ったのやら・・・ わざわざお越しいただいたのに大変失礼をしました。 ですので今回の料金はそれでチャラにしてさしあげます。」



指差されたのは彼のローブのポケット。 中身は蜂蜜色の飴玉。 おそらくこどもが治療代替わりに男に渡したのだろう。 男はしきりに礼を言い館をあとにした。



誰もいない応接間。 ティーカップを片付けながらわたしはご機嫌だった。 誠実な医者と真っ白な心のこども、その両方が詰まったこのキャンディーはわたしにとってこれとないご馳走だからだ。 別に飴玉が好きなわけではない。 中身が重要なのだ。 ・・・まあ説明するのは面倒だからやめておこう。



それに倉庫には薬剤は勿論食品から得体の知れない材料まで山のようにあるのだ。 多少量が減っていても問題はない。 むしろ調合した師匠自身倉庫に保存のために適当に詰め込んでいるだけで内容など把握しているわけがないんだから。



わたしは口の中でキャンディーを転がしながら鼻歌交じりに洗物をはじめた。



back